不機嫌な人は、伝えることができない

いつも何かに文句を言っている。

「アイツは若いからできるんだ」
「アイツは2代目だからできるんだ」
「アイツはブームの前にはじめたからできたんだ」
「アイツは東京だからできたんだ」
「アイツは・・・」

そんな人の特徴は、文句の対象である「アイツ」を見下していながら、どこかで「うらやましい」という感情を持っているように見える点です。

そうゆう人の発信って、読んでいても「純粋さ」が無いというか、

文句や批判をぶちまけたいけど、文句ばかり言っていたら嫌われるし…

という、ねじれた感情がそのまま「ねじれた文章」として現れているような気がするんですよね。

だから、発信が陰鬱だし、読みにくい。

記事を最後まで読む気になれません。

ここで、ワシが今年の7月にフェイスブックで発信した内容をご紹介します。

002

それは、こんな内容。

001

淀んでいる人には、子供っぽさがありません。中年のおじさんが不機嫌に淀んでいるのは、子供っぽさ、無邪気な躍動感、つまり「生き生き感」を失ってしまうからです。(中略)無駄な動きには、基本的に生命力がある。理由があるからやっているという以上の何か、それが生命力のあらわれなのです。
(齋藤孝)

子供の頃は、周りの目など気にせず無邪気であることが当然で、逆に「無邪気ではない状態」でいるのが難しかったですよね。

「くだらない」と誰かに言われることが、そんなに屈辱でしょうか?

人が無邪気でいるのを見て「くだらない」と見下すようなその人は、愉快な時間を過ごしているように見えますか?

ゼッタイ、不機嫌な時間を過ごしていると思うんですよね。そうゆう人って。

だから、文章にも素直さがなくなって、ねじれてくる。

その結果、書いても伝わらなくなる。

それを「読み手」のせいにして、また不機嫌になる。

そんな繰り返しなんじゃないでしょうかね。

「くだらない」そんな心が、くだらない。

楽しいと 思う心が またたのし。

おお。句になった(笑

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