書けない人は「文章力」というコトバを忘れてみよう

いただくご相談事の中で、いつも多いのが「ブログが書けない」というお悩みです。

で、そんなお悩みを持つ多くの方がおっしゃるのが
「文章力がなくって」
というオコトバ。

ワシはこのタイミングで使われる「文章力」というコトバは、一種の「思考停止ワード」だと思っています。

文章力が無いから、書けない。仕方がない。

終わり。

これは、デザインやレイアウトを含む、広告制作における「センス」というコトバと、よく似ています。

「センスがなくって」という発言によって、事態は好転することなく、思考が止まります。

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【写真の場合もよく似ているような気がします】

文章力は、最低限のものがあればいいと思っています。

少なくとも「言いたいこと」が伝わればいいんです。

私が重視するのは、文章の書き方ではなく「内容」のほうです。「内容」とはすなわち、物事をどう捉えたか、発見は何であるか、ということに尽きます。
(中略)一般的に言われている文章力というものは、ともすると、危険なものにもなりえます。つまり、大した内容もないのに読ませてしまうことができるのです。(齊藤孝著「人を動かす文章術」

もちろん、「読みやすい文章」である必要はあります。

でも「読みやすいけど内容が無い」では、たとえ読まれても、読み続けられることは難しかもしれません。

実際、ワシもアメブロをはじめたころは、有名な人たちのブログを読み続けていましたが、結局今も読み続けている人たちは「面白く、よみやすく、新たな発見がある文章」を書いている人たちだけになりました。

ワシがおススメするのは「自分が書けない理由」を分析することです。

「書くこと」を中心にして仕事や生活が回り始めると、これまでになかったような発見や気づきがあり、とても楽しいものですよ。

「新しい発見がある文章」を書き続けている人たちは、裏を返せば「書くことによって自ら新しい発見をしている」と言えるんです。

これ、すばらしくないですか?