でないと、美しくない

スタジオ撮影の立ち合いに行ってきました。

このような、ややピリリとした空気が漂う「プロの仕事の現場」は、どんな業種であれ、エキサイティングです。

興奮します。感動します。

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今回は、バッグの撮影をしたのですが、「取っ手」の見え方や垂れ下がり方、バッグ本体の表面の「張り方」、個々のバッグの特徴がもっともよくわかる方向の検討など、プロならではの仕事をじっくりと拝見しました。

撮ったばかりの写真を見ながら、カメラマンの方とお話しをさせていただきましたが、その際「プロならではのひとこと」が何度も出てきました。

「…でないと、美しくないんです」

このひとこと。ほんと、シビレます。

たとえば、カバン本体の表面が張っているか、そうでないか。

両者を撮り比べてみると、たったそれだけの違いが「モノの質感」に影響を与えるんです。

つまり「よいモノ」に見えるか「安物」に見えるかさえも、わずかな撮り方の違いで異なってくるんですね。

ワシも、「フォント」を選ぶ際などに、よく「美しい」というコトバを使います。

残念ながら、美しくないフォントが存在するんですよね。

「その広告物が持っている雰囲気」(トンマナと呼んだりします)に合ったフォントかどうか、という問題とは、また違ったことです。

本当に「いいフォント」は、細部が美しい。

高級品の広告に使用されるフォントは、美しいフォントばかりです。

フォントを一部分だけ、差し替えて試してみると、広告全体が台無しになることがよくわかります。

たぶんね。こんな話を聞いたら、こうゆうことを言う人も出てくると思うんですよ。

「売れればいいじゃん」って。

では、他の条件を同じにして、「表面が張ったカバンの写真」と「そうでない写真」だけを入れ替えて、試してみたことがあるんでしょうか?

プロの人たちは、みんなそうゆうことを試したうえで、アレコレ言ってるんです。

それにね。大事なことがあります。

自分が美しくないと思う広告で、結果売れても、その行為自体が美しくない

ただ単に、広告の見た目がアグリーかビューティフルか、の問題ではないんです。

よく、こだわりの菓子職人なんかも「美しさ」を口にしたり、宮大工の人が、決して人目に触れることのない部分の美しさにこだわったりしてますよね。

こうなるともう、自分自身の納得感の問題ですね。

「自分が美しいと思う仕事」って、大事だと思うなぁ。