模索しているのか、迷走しているのか。その違いはどこにあるのか。

人に会う機会はめっきり減りましたが、人とのコミュニケーション量はかえって増えている気がします。

同じように感じる人は多いのではないでしょうか。

今回のコロナのような環境の激変を受けて、コンセプトや指針がハッキリしていない人は「迷走」に拍車がかかっているように見えます。

なぜ、迷走してしまうんでしょうね?

「模索している」とは「迷走している」ことなのか

ワシの周囲にも「迷走しているなぁ」と見えてしまう人がいます。

でも、本人に言わせると「模索している」と言うことらしいです。

迷走と言うと、「行き当たりばったり」だとか「自分でもよくわかっていない」という、よくないイメージがありますね。

一方で模索と言うと「到達したい点は明らかだけど、そこまでの道筋を探している」というイメージがありますね。

この二つの比較で、明らかになるのではないでしょうか。

つまりは「到達したいところが明らかなのかどうか」ですね。

これは、将来にわたって不変である必要はありません。

「少なくとも今、どこに向かっているのか」を自分が明確に把握しているかどうか、です。

これをビジョンなどと呼んだりしますね。

不変である必要はありませんが、あまり日常的にコロコロ変わっていると、人には「迷走」と映ります。

本人さえよければ、迷走しようが、模索しようが、その人の勝手です。

でも、ビジネスをしている以上、あるていど「人にはどのように映っているか」を気にすることは大事です。

だって、迷走しているように見える人から、しっかりしたサービスが受けられるようには思えませんからね。

「模索」「迷走」に見えるポイントはどこにあるのか

「模索」は、「試行錯誤」「トライ&エラー」などのように、好意的に捉えられることが多いです。

これはたとえば、サービスの提供方法やパッケージングを変更したり、販促や広告を変えるような場合ですね。

「迷走」は「行き当たりばったり」「儲かれば何でもいい」というように、あまり好意を持って見られません。

これはたとえば

「しょっちゅう商売替えをする」
「何屋さんなのかわからない」

ようなパターンです。

しょっちゅう商売替えをする人に、何かを依頼する気にはなれない、という人は多いはずです。

ちゃんと仕事をしてもらえるような気がしないのです。

趣味で、お付き合いで依頼してくれる人はいるでしょう。

本人がそれでよいのであれば、それでよいのです。

「模索」は続けても「迷走」していると映らないように

趣味の範囲で何かを習うのなら問題ないでしょうが、仕事の上でしっかりとお願いしたいのであれば、ちゃんと仕事をしてもらそうな人にお願いします。

ココが大事で「ちゃんと仕事をしてもらえるかどうか」が問題なのではなくて「ちゃんと仕事をしてもらえるように見えるのかどうか」です。

個人ビジネスだろうが、大企業だろうが、ビジネスの上では試行錯誤は不可欠です。

それはつまり「何かしら日常的に変化させている」ということです。

でもそれはほとんどの場合「やり方」のレベルであって「何をやるか」までは滅多に変えないものです。

大企業であっても「方針の大転換」が必要な時もありますし、大企業でも「迷走している」ように見えることがありますよね。

そのような他の人や、企業の「振る舞い」を見て、「今自分はどのように映っているだろうか」を確認するのは大事だと思いますよ。

 

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